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3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 etudeシリーズが途絶えているな、 とお思いになった方々へ。 すこし悩んでいるのです。 それで、今週の月曜に、 元静岡大学人文学部長の本多隆茂先生を訪ねて ご指導を仰ぎました。 それはこういうことです。 つまり、残された人生を有意義に使うためには、 どの分野に精力を集中すべきかということなのです。 もちろん趣味としての歴史研究についてです。 どの分野の研究を完成することが もっとも有意義なのか。 どの研究テーマも完成には十年の日月を要するでしょう。 今の私には 大きく分けて三つの研究テーマがありますが、 今のまま幕末にのめり込んでいったとき 手つかずの分野を纏める時間が残されているのか ということです。 以下、 本多隆茂先生にお話しした内容です。 ======================= 本多先生に教えていただきたいこと(2010.03.15) お忙しいところを、お時間を割いていただき 誠にありがとうございます。 以下、 3項目のどの課題に力を注げばよいのか お教えいただければ幸いに存じます。 ****************************** 1.冑佛 冑佛については 『冑佛考』(「甲冑武具研究」第105号)、 『続冑佛考』(同第113号)、 『冑佛考(三)』(同第114号)、 『冑佛伝説』(静岡新聞社)を発表して一段落しました。 しかしまだ『冑佛圖録』を作成する仕事が残されています。 一つ一つの写真を撮り、 それぞれの仏像の種類、大きさ、材質、厨子、由来、文献、 などを細かく調べて実物大の写真集をつくることは 自分の責任であると考えています。 また、冑佛の思想的背景としては つぎのように考えています。 (1) 冑佛信仰と密教との関係、 つまり、 現世利益をもたらす秘法としての雑密が 冑佛信仰の背景にあるのかもしれません。 (そのため、空海全集などを読みはじめています) であるとすれば、 動乱期(蝦夷征討、平安末期、南北朝、応仁の乱、戦国時代、幕末など) の武将に、 特異的な信仰様式があることを証明しなければなりません。 彼らが密教的な信仰に支えられていたことを 証明することは可能でしょうか。 (2) あるいは、動乱期に特定せず、 社会的信仰と私秘的信仰とを対比するところに 浮かびあがる、 個人のためだけの信仰の象徴、 それが冑佛と見るべきなのでしょうか。 『冑佛圖録』は出版する必要があると思いますが、 そこから先へ、冑佛研究を進めてゆこうとすると 具体的事例が少ないために どうしても宗教の領域へ向かってしまいます。 どう考えるべきでしょうか。 ****************************** 2.河村家の歴史 (1)『遠江河村荘と河村氏』(24147文字)を完成させること。 ほぼ完成していて、 金谷町史通史編に参考文献として引用されました。 論考の主旨はつぎのふたつです。 @御林守河村氏及び金谷宿河村氏と、相模河村氏との関係を論証すること。 A御林守河村氏と河井成信との関係を論証すること。 (2)『鰐口考』(5602文字)を完成させること。 「忠学宗心居士 永正二年六月六日 助二良父」 と『安養寺過去帳』に記載されています。 忠学宗心は御林守河村家初代、よって、助二郎は二代目。 「奉寄進大法天王鰐口願主大代助二郎 天文七記十一月吉日大工又二郎」 と、藤枝市安楽寺所蔵の鰐口(県文)に刻まれています。 大法天王は「大寶神社」のことで、 明治四十三年まで大代の山頂に建っていました。 などなど。 (3)御林守の研究。 江戸時代のエネルギー資源の供給について、 とくに御用炭を調べることを考えています。 一次史料が手元にあります。 (4)製茶監督員河村宗平についての研究。 宗平は愛媛、京都、大阪、奈良、滋賀、三重などから招聘され 緑茶製法の技法を伝えました。 一次史料が大量に手元にあります。 ****************************** 3.日本科学の黎明 (ブログで「etude」シリーズ1〜213を連載しています) 一昨年の暮れから約一年 幕末訪日者の記録を読みつづけていますが すでに錚々たる研究者が研究し尽くした分野ですから 私にもしも未開の分野を拓く機会が与えられるとしたら それは科学史であろうと思ったのです。 また私は大学で物理化学を勉強しましたので どうしても科学の視点から歴史を眺めてしう というところもあるのです。 その幕末についてです。 ポンペによってもたらされた体系的西洋科学を漢文に訳し、 それを長崎海軍伝習所の生徒たちがノートに写し、 各藩に持ち帰って 軍艦操練術、砲術、医学、数学、物理学、化学 などを体系的に伝えたとされていますが、 ノートの原本はわずか数点しか残されていません。 西洋科学の哲学的背景と それを漢訳した日本人の思想的背景との差違によって、 その後、 西洋と似て非なる科学思想が 日本に植えつけられたのだろうと考えます。 たとえば、 西欧における一神教の「神」の概念から派生する「絶対」、 東洋における無神論的「空」の概念から派生する「相対」、 宇宙観の根本が異なることによって、 漢訳された和風科学が形成されたように感じます。 それは、ネガティブに捉えているというわけではありません。 すこし理系の話になります。 たとえば、 西洋科学のふたりの天才、 ニュートン、アインシュタイン、 かれらの根底を支えている絶対神の概念は、 確率論によって成り立つ量子力学と 一世紀にわたって相克をつづけてきました。 もしも量子力学が かつて地動説を唱えて異端審問されたガリレオのように 異端視されているとしたら、 地動説が後世常識となったように、 現象を見事に説明する量子力学は やがて人びとに受け入れられる日が来るのだろうと思います。 古典物理学や相対論など、 絶対空間を信仰している西洋物理学者の心の裾に、 いまだ死にきれずにすがっている絶対神に引導を渡すのが ひょっとしたら日本人の役目かもしれないと思うのです。 絶対唯一神や絶対空間などから比較的自由な仏教圏にいて ほとんど無信仰とも云える日本人にこそ 西洋科学の一世紀にわたる膠着を 解きほぐすことが可能なのではないかと思うのです。 (身の程知らずな野望であることは承知しています) ****************************** 1の冑佛は短時間で解決可能な気もします。 2の河村家の歴史は時間がかかりそうです。 3の日本科学の黎明期については 今もっとも心ひかれますが、 私には荷が重すぎるような気もします。 もしも先生が私の立場なら どれを研究しようとなさいますでしょうか。 私も来年還暦を迎えますので、 残された時間を このどれに集中すべきでしょうか。 どれかひとつにテーマを絞って 研究を実りあるものにしたいと願うのは 間違いでしょうか。 つねに好奇心に目を輝かせて さまざまな分野を渉猟しているほうがよいのでしょうか。 また、 本格的に歴史研究をしようとするなら 大学院に入学すべきでしょうか。 それとも、 素人のままでも しっかりした仕事はできるものでしょうか。 ただ一つの論文であっても 完成度の高いものを残したいのです。 ご指導いただければ幸いに存じます。 ======================= 以上、本多先生にお読みいただいた文章です。 きょうはここまで。 |
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