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zoom RSS 白洲信哉氏

<<   作成日時 : 2010/07/20 08:00   >>

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画像
(『白洲スタイル』白洲信哉著・表紙の写真は白洲信哉氏)

白洲氏にしばらくお会いしていない。

禁断症状のようにもう一度お会いしたいと感じている。

あのシャイな個性、
白洲正子に鍛えあげられた審美眼、
それに何よりあの美貌がひとびとの心を虜にする。

みなさんも一度お会いしてみたらいかが?

私は一介のファンにすぎない。

それでも講演会のあとなど、握手くらいはしてくれる。

いちどお目にかかれば、
誰しも彼を愛するようになるだろう。

茂木健一郎氏が彼を最愛の友人のひとりに数えるのも
もっともなこと。

私は『白洲家の流儀』を読んで衝撃を受けた。

サブタイトルに、
祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」、
とあって、
父方の祖父白洲次郎、祖母白洲正子、母方の祖父小林秀雄、
この綺羅星の如き偉人たちとともに幼少期を送った日々の追想が
透明な哀しみとともに語られている。

講演会のあと、
白洲氏と対談していた茂木先生から突然指名を受けて、
私はそんなふうに答えた。

『オリンポスの果実』に感触が似ている、
とかなんとか言ったように記憶している。

おそらく本人は、
その哀しみに気づいてさえいないのだろうか。

白洲信哉氏は芸術文化の王国に王子として生を受けた。

彼はただのお祖父さんのように白洲次郎のことを語る。

彼はただのお祖母さんのように白洲正子のことを語る。

祖父小林秀雄に連れられて
鎌倉の文豪たちと将棋を指した少年期をこともなげに語る。

それが我らから見ればどれほどのことであるのかなんて、
まったく気にとめてさえいない。

あれが貴顕というものなのだろう。

しかし彼は、
それとはまったく違う実務能力者としての一面を持っている。

彼はイギリス留学から帰国したあと、
細川護煕首相の公設第一秘書をしていた。

しかしけっしてそのそぶりすら見せない。

おおよそこの世の権勢などに無頓着のように見える。

いったいどのような内面を持っているのか。

どのような思いで、
ひとりシングルモルトをかたむける夜があるのか。

彼は決して語らないだろう。

もう一度お会いしたいと思うが、
こんなふうに書くと、
「褒めすぎだよ。あんなこと書いて恥ずかしくないか」
と叱られそうだ(笑)。

だからここで筆を置く。

しかし誰しも彼を知れば、
あらゆる意味でこのように美しい男がまだこの世にいたのかと
目を見張ることだろう。

(いま、『白洲 スタイル』を読んでいる)

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