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zoom RSS 茂木健一郎先生との十年(3)

<<   作成日時 : 2011/03/11 08:14   >>

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それは満天の星空に突然超新星のように光芒を放ちはじめた瞬間の、
瑞々しい力にあふれた茂木先生でした。

以下、「eコミしまだ」より転載します。

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2005年6月6日(月曜日)  茂木健一郎氏御来訪

カテゴリー: 河村家の歴史 茂木健一郎先生

- kawamura @ 08時23分57秒

今日の午後、脳科学者の茂木健一郎氏が拙宅にお見えになります。
茂木氏は、1997年に出版された「脳とクオリア」(日経サイエンス社)で
脳科学者としての衝撃的なデビューをされました。

この一年間では、「脳内現象」(NHKブックス)、
脳の中の小さな神々」(柏書房)、「脳と仮想」(小林秀雄賞受賞作・新潮社)などを出版され、
また、「文学界」、「読売ウィークリー」、NHKテレビ出演等々、多方面でご活躍中です。

ブログ「茂木健一郎 クオリア日記」では、
先生の日々の思索の軌跡をかいま見ることもできます。

そしてなにより、拙著「蒼天のクオリア」の序文を書いてくださいました。
数年前に、クオリアMLのオフ会でお会いして以来のおつき合いです。

河村家住宅」は、塀が倒れ、脇屋の屋根が落ち、庭の草はのびほうだい、
その荒れはてた姿に、先生は落胆されるかもしれません。
しかしこれが、文化財の現実で、その惨状を見ていただくのもたいせつなことかもしれません。
先生がおみえになるのは夕暮れ時ですから、
残照の谷間の風景をたのしんでいただけたらとおもっています。

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2005年6月7日(火曜日)  時間が見える

カテゴリー: 河村家の歴史  茂木健一郎先生

- kawamura @ 05時21分51秒

茂木健一郎氏は、磐田で講演をされたあと、
午後4:40に金谷駅到着、牧ノ原台地をすこしご覧になり、
坂道から、大井川の両岸にひろがる島田市を眺望して、
午後5:00には河村家住宅に到着されました。

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河村家をとりまく風景を背景に。中央奥にわずかに白くみえるのが河村家住宅の屋根。

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さきに廃園のようすをご覧になりました。

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そのあと河村家住宅の仏間に端座されているところ。

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奥座敷天井の武者張りをご覧になっているところ。

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曾祖父河村宗平の絵に見入っているところ。

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河村宗平は、明治中期に、愛媛県の製茶研究所や、
京都大阪奈良三重滋賀二府三県製茶研究所に、緑茶教師として招聘されるなど、
他県に静岡茶の製法などをひろめました。
その功績で、県知事直属の茶業監督員を拝命し、大正末年までつとめました。

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縁側の馬蹄をご覧になっているところ。

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坪庭(前庭)の銀木犀を背に。
三年前までは、氏のすぐ背後には、門のある塀がたっていました。
復元には多額の資金が必要、と旧金谷町教委から知らされ、
すべて私の個人負担とのことで、そのままになっています。

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拙宅でおくつろぎのところ。先生のうしろにある本は、ほとんど先生の御著書。
サインをいただくのを失念。つぎの機会にはかならずいただこうと思います。

その後、河村家住宅のある谷間を離れて、
食事をしながらさまざまのお話をさせていただきました。
最後の二十分ほど、氏は半眠状態のごようすでした。
ご講演のあとのお疲れの時間を、約五時間半にわたって、
私のような凡夫に気さくにおつきあいくださり、深謝致しております。


< 雑草が生い、苔むす河村家の風情には、時間が見える。
  ながい時間のながれが見える。それが歴史というものなのだろう。>


茂木健一郎氏のそのお言葉が、印象深いものでした。
クオリア日記」に記事が掲載されています。

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