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zoom RSS 御林守河村家の歴史139

<<   作成日時 : 2014/08/08 07:00   >>

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               『御林守河村家の歴史 中世編』(静岡新聞社)


拙著3冊、静岡県内各書店においてあります。


県外の方のご注文はこちらから
http://www.at-s.com/book/detail/1120648799.html

本書では主に
平安末期の河村秀高を始祖とした河村氏の中世史を、
古文書などから考察して著しました。

また、
ひとつの鰐口(わにぐち)に秘められた
大井川周辺の中世史を解明しました。



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         静岡県指定有形文化財 鰐口(藤枝市安楽寺所蔵)


『静岡県史』資料編7中世三 − 一四八○号

鰐口銘文
      奉寄進大法天王鰐口 願主大代助二郎
      天文七記十一月吉日 大工又二郎


この鰐口銘文についての私の論旨
(「鰐口考」、『金谷町教育委員会主催御林守展資料』、1996年))を、
(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所の足立順司氏は
「鋳物師の本貫」(『静岡県埋蔵文化財調査研究所研究紀要第16号』2010年)
の中で採用しています。

このように、
平成8年に私が発表した鰐口銘文についての新発見「鰐口考」は、
現在ではすでに定説となっています。

次に、河井宗忠反今川説を是正しました。

秋本太二氏に始まる河井宗忠反今川説は、
放置されたまま、ついには静岡県史にまで採用されるに至りました。

しかし、平成22年の大塚勲氏論文によって秋本説は否定され、
私は大塚説を採用することによって
従来の河井宗忠史観を復活させました。

つまり、河井宗忠(成信)に関する
県史の記述の書き直しが求められることとなりました。

また、相模河村氏から金谷河村氏に至るまでの経緯を解明しました。

主に、大雄山最乗寺の法脈によるもので、
五世舂屋宗能禅師の足跡が鍵となりました。

他に文殊信仰、縁戚分布などに加えて、
私のライフワークのひとつである冑佛(かぶとぼとけ)が、
金谷河村氏のアイデンティティーであることも解明しました。


帯文は、脳科学者茂木健一郎先生に書いていただきました。

茂木先生には
青春自伝小説『蒼天のクオリア』
歴史探検記『冑佛伝説』
既刊2冊の序文を書いていただきました。

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       脳科学者 茂木健一郎先生 御林守河村家奥座敷にて

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            『蒼天のクオリア』(静岡新聞社、2004年)

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            『冑佛伝説』(静岡新聞社、2006年)


このように振り返ってみると、
茂木先生との出会いは
私の人生に生きる意味を与えて下さいました。

つづきはまたあした。

14.08.08.
(筆者 島田ロータリークラブ会員 河村隆夫)

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