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zoom RSS 茶と剣(6)

<<   作成日時 : 2017/02/16 06:31   >>

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(写真は 英国公使オールコック)

島田市博物館企画展「島田の刀鍛冶と天下三名槍」開催中!
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茶と剣(6)

茶の話からは遠くはなれたが、
昨日『ペルリ提督 日本遠征記』を紹介したので、
ひきつづき
幕末訪日外国人が見た日本についての記録を抄出しよう。

◎『ペルリ提督 日本遠征記』エム・シー・ペルリ
支那諸海湾及び日本への合衆国遠征隊司令長官
1853年、1854年、日本に来航。

「彼等(日本人)は甚だ慧敏にして
快活な精紳の人民であり、
その歴史に示されてゐるやうな敏捷さ、
偉大な勇敢さを有し、
他の如何なる東方文明国民よりも遙に勝れてゐる。」

「下田でも函館でも印刷所を見なかつたが、
書物は店頭で見受けられた。

それ等の書物は一般に初歩的性質の安価なものか
通俗的の物語本又は小説本で、
明かに大いに需要されるものであつた。

人民が一般に読み方を教へられてゐて、
見聞を得ることに熱心だからである。

教育は同帝国到る所に普及して居り、
又日本の婦人は支那の婦人とは異つて
男と同じく知識が進歩してゐるし、
女性独特の芸事にも熟達してゐるばかりでなく、
日本固有の文学によく通じてゐることも屢々である。」

◎『大君の都』上 オールコック著
 イギリス初代駐日公使、1859年〜1862年

「日本人は、
地球上の三大地方に住んでいるすべての国民のうちで
第一級に属し、
ヨーロッパ人と比較されるにあたいする国民である。

日本人は、多くの点でヨーロッパ人に負けてはいるものの、
他のさまざまな点では正々堂々とかれらを追い抜いている。」

「ヨーロッパ人がもっとも驚嘆するのは、
つぎの二つであるはずだ。
それは、
ひじょうに多くの宗派が協調し合って共存しているということと、
イギリス本国(大ブリテン、アイルランド)よりも大きくはなく、
しかもそれと大体同じような地理的位置にある一群の島々に住んでいる約三〇〇〇万の国民が、
飢えと欠乏をほとんど知らぬということ、である。

イギリスにおける状態よりもうらやましい
このような状態を現出しているところは、
ほかにはありそうにない」

「封建領主の圧制的な支配や
全労働者階級が苦労し坤吟させられている抑圧については、
かねてから多くのことを聞いている。

だがこれらのよく耕作された谷間を横切って、
ひじょうなゆたかさのなかで家庭を営んでいる
幸福で満ち足りた暮らし向きのよさそうな住民を見てみると、
これが圧制に苦しみ、
苛酷な税金をとり立てられて窮乏している土地だとは
とても信じがたい。

むしろ反対に、
ヨーロッパにはこんなに幸福で暮らし向きのよい農民はいないし、
またこれほど温和で贈り物の豊富な風土は
どこにもないという印象をいだかざるをえなかった」

◎『幕末日本探訪記』ロバート・フォーチュン
 英国人植物収集家。1860年。

「聞く所によると、
小作人は大地主に取立てられる年貢が重く、
極貧の状態で雇われているという。

私はこれらの説を否定する立場ではないが、
ただ断言できることは、
日本の各地で観察した農民とその家族は、
余裕のありそうな家に住み、衣服も整っていたし、
食事も十分で、幸福で満足そうに見えた。」

◎『絵で見る幕末日本』エメェ・アンベール
スイス時計業組合会長、1863年4月〜1864年滞日

「私は、よく長崎や横浜の郊外を歩き回って、
農村の人々に招かれ、その庭先に立ち寄って、
庭に咲いている花を見せてもらったことがあった。
そして、
私がそこの花を気に入ったと見ると、
彼らは一番美しいところを切り取って束にし、
私に勧めるのである。

私がその代金を出そうといくら努力しても、
無駄であった。
彼らは金を受け取らなかったばかりか、
私を家族のいる部屋に連れ込んで、
お茶や米で作った饅頭(餅)をご馳走しないかぎり、
私を放免しようとはしなかった。」

◎『イタリア使節の幕末見聞記』V・F・アルミニヨン
伊国マジェンタ号艦長海軍中佐、1866年訪日

「江戸では小銃が作られている。
この小銃はヨーロッパの最良のものに比べても、
あらゆる点でひけをとらない。

日本の職人は、才覚があり、しかも勤勉で、
優れたところのある品を見ると、
自分の手で同じものを作り出すまでは気がすまないのである。
サドヴァの戦い以前に、日本は針鉄砲を知っていて、
これを高く評価していた。

この点において、
日本人が中国人に大きく勝っていることは明らかである。

中国人はヨーロッパ人を軽蔑しているために、
西洋文明の物的優位の原因を知ることもできないのである。

中国の諸港では、
トリノ製の騎兵用遂発短銃を売っているのを見かけたが、
横浜ではすでにエンフィールド・カービン銃やルフォシュー銃よりも
もっと優れたものはないかと言い始めている。

機械に関する優れた素質ゆえに、
日本人は「東洋のイギリス人だ」と言った人がある。」

「日本人の暮らしでは、
貧困が暗く悲惨な形であらわになることはあまりない。

人々は親切で、進んで人を助けるから、
飢えに苦しむのは、どんな階層にも属さず、名も知れず、
世間の同情にも値しないような人間だけである。

清帝国の首都では、
こういう物乞いに至る所で出会うが、日本では少ない。

下層の人々が日本ほど満足そうにしている国は、
ほかにないといえるだろう。」

◎『シュリーマン旅行記 清国・日本』ハインリッヒ・シュリーマン
 事業家として成功し、後に歴史研究家としてトロイアの遺跡を発掘。
 1865年6月1日〜7月4日滞日

「日本人が世界で一番清潔な国民であることは異論の余地がない。
どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、
町のいたるところにある公衆浴場に通っている。

工芸品においても
蒸気機関を使わずに達することのできる
最高の完成度に達している。

教育はヨーロッパの文明国家以上に行き渡っている。
男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる」

******************

多数の訪日外国人が以上のように
日本民衆の豊かさを描いている。

彼らには嘘をつく必要もなく、
その描写はありのままの真実であろう。

それではなぜ虚偽の歴史が捏造されたか。

日本の植民地化を狙う西欧列強には、
倒幕の大義として、

「幕藩体制の民衆は圧政に苦しんでいる」

と世界に喧伝する必要があったのである。

植民地主義はいつの世も、人民の開放を謳う。

すなわち古今の侵略者は、侵略を正当化するために、
虐げられた人民と打ち破るべき暴政とを、
捏造するのである。

また後の明治政府も、
多くの血を流した維新の必要性を示す根拠として、
その虚言を利用したのであろう。

つづきはまたあした。

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