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zoom RSS 多田元吉

<<   作成日時 : 2018/03/20 06:34   >>

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多田元吉ってどんなひと?

静岡の近代茶業の神様と言ってもいいひと、河村宗平を茶業に導いたひと。
元幕臣、明治維新後、はじめは内務省技官、のちに農商務省一等技官。

明治 2年、金谷原開墾方が入植したころ、東京から静岡にうつり住み、丸子で茶の栽培をはじめました。
明治 8年、明治政府は多田を清国に派遣します。もちろん茶業視察のためです。
明治 9年、政府の命令でインド・セイロン島を視察。
明治10年、帰国して紅茶の原木を丸子で栽培しました。
明治21年、牧之原を視察。この年、宗平は多田の著書『茶業改良法』を読み、茶業に開眼します。
明治23年、宗平はこの年、中條・大草と出会い、意気投合して、のちに長く親交を結びます。
明治25年、多田・中條らに抜擢され、突然、河村宗平の名は、静岡県茶業の中枢にあらわれます。明日はその『製茶師競』をご覧いただきます。宗平34歳。
明治29年、多田元吉没、68歳。
平成13年、丸子に多田元吉の顕彰碑が建立されました。

『製茶師競』ってなに?
それは明日ご説明します。

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