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<<   作成日時 : 2009/04/15 07:11   >>

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しばらく幕末日本を離れて、
1962年(文久二年)に西欧を訪れた日本使節団を、
ヨーロッパの人々がどのように見たのか、
それを当時の新聞記事などからながめてみましょう。

月代をそり上げ、丁髷を結って、
サトウやリーズデイルが翼(wing)と呼んだ
裃(かみしも)を身につけ、
長袴をはいた武士たちの一行を、
当時の西欧民衆はどのようにとらえたのでしょう。

蘭露英仏との修好通商条約の延期交渉や、
ロシアとの樺太国境画定交渉などを任務とした
使節団が江戸を発ったのは、
文久二年の一月のことでした。

全権公使2名を筆頭に、
傭通詞として加わった当時27歳の福沢諭吉にいたるまで、
総勢三十八人の使節団は、
まずパリに滞在したあと、英、蘭、独、露を訪問し、
帰路にふたたびベルリン・パリ・リスボンに立ち寄って、
翌1863年(文久三年)一月に帰国します。

最初に、
1862年4月4日の『タイムズ』から引用しましょう。

********************

「○○○○○○○のためのエチュード」

連載57回

(『ヨーロッパ人の見た幕末使節団』
  鈴木建夫、P・スノードン、G・ツォーベル)

「金離れがいいで、
 早くも彼らは商店主のあいだで非常な人気を博している。
 彼らが購入した物品のなかには、
 時計、宝石等といったもののほかに、
 各国の案内書、地図、ガリバルディの数点の肖像があった。

 彼らはガリバルデイの経歴について詳しいらしかった。
 彼らは驚くほどに知的な人間に見え、
 使節団の何人かは英語を話す、もしくは理解している」
(1862/4/4 英 タイムズ紙)

「好奇心に富み知的な国民」
「決して情報不足ではなく」
「器用で真似がうまい」
「謹厳で真面目で、身綺麗で、物事を辛抱強く調査し、
 調査の結果を丹念に書き留めている」
(4/16 英 タイムズ紙)

「しかし、この日の最もセンセーショナルな出来事は‥‥‥
 日本使節団が到着したことであった。
 非常に目立った人物は、大君の使節で、
 そのいずれも、「ノ・カミ」という
 驚くべき姓をもっているようであつた。
 それは多分、卿、サー、エスクワイアに相当する尊称なのであろう。

 もちろん、日本人は中国人にそつくりだが、
 日本人のほうが遥かに威厳があり、遥かに正直そうに見える。

 日本人の表情は生真面目だが陰気ではなく、
 知的ではあるが狡さがない。

 …‥ニヤニヤしたりお喋りをしたりせず、
 近くにいる者を指で差したり、絨毯の隅をめくつたりはしない。

 ‥‥遠くの異国からやってきた使節の非常に多くの者がそうしたのを、
 われわれは見たものだが。

 日本人使節は開会式を、終始、冷静で、礼儀正しくて、
 うやうやしく、かつ威厳のある態度で見守り、
 互いに何度も言葉を交わしていたことからわかるように
 周囲に強い関心を示したが、
 下品な好奇心をあらわにすることは卑しんだ。

 彼らは、眼前で展開される華麗なドラマを、
 落ち着いて、目立たぬように注目していた。

 あたかも、こんなふうな考えが心をよぎりつつあるかのように。

 『われわれにも自分たち自身の文明がある。
  古くて、巧微で、素晴らしい文明が。
  われわれの社会構造の、
  幾分錆びついてしまった部分をなんとかするうえのヒントを
  東洋に持ち帰ることができないかどうか見てみよう。

  将来、西洋が、
  誇りが高すぎてわれわれからなにかのヒントを得ることを
  拒否するなどということがなくなる時代が来るかもしれない』」
(5/2 英 リヴァプール・マーキュリー紙)

「日本使節は……もちろん、計り知れぬ好奇心の対象であった。
 ……彼らの衣服は簡素で、色は地味だが、生地は素晴らしい。
 彼らは刀を二振り腰に差していたが、
 それは、彼らの国では貴族の最高の印である。

 この風変わりな国の国民の主な特徴の一つは
 ニル・アドミラリだとわれわれは教えられているが、
 その特徴が二人の年配の使節の、きわめて特異な態度に現れていた。

 欧州の最も世慣れた外交官でさえ、
 その二人の使節が左右に目もくれずに中央通路を歩いて行った際の、
 なにごとにも無関心な様子を凌ぐことはできなかったであろうが、
 三人目の、そして一番若い使節は、
 生来もっと感じやすいらしく、歩きながら、
 盗むようにして左右に視線を投げ、
 顔にかすかな微笑を浮かべていた。
 それは、感情を一切表に出さずに振る舞うという
 自分の役割を半分しか務めていず、
 通路の左右の美しいさまざまなものに
 無感覚どころではないのを示していた」
(5/3 英 リヴァプール・クロニクル紙)

「日本のコレクションは大規模で、とりわけ興味深い。
 それが、ほとんど知られていない国から来たものだからである。

 日本人は工芸の分野でたいそう優れているが、
 その工芸品は非常にバラエティーに富んでいる。

 その多くはヨーロッパの最上の作品にひけをとらないばかりではなく、
 多くの点で群を抜いている。
 マンチェスターとバーミンガム、ロンドンとパリの職人は、
 日本のコレクションの展示品は自分たちの工房では
 とても作れないと思うだろうし、
 あるいは、作れるとしても大変高いものになってしまい、
 実際には売れないと思うであろう。

 しかしながら、そうした物品の多くのもの、
 例えば、
 完壁な材料を使って繊細に作られている精妙な卵殻磁器と陶器、
 金属の象眼細工、琺瑯細工、彫金細工、縮緬絹布、漆器は、
 日本で非常に安く手に入る、
 とりわけ、買い手が日本人ならば。

 出品者の正確なリストをここに紹介することはできないが、
 展示品の数は六〇〇以上で、
 その大部分は大君の宮廷でのイギリス公使、
 バース勲爵士、サー・R・オールコックが集めたものである」
(5/1 英 デイリー・テレグラフ紙付録 国際博覧会記事)

********************

そういえば『大君の都』のなかで
オールコックがそのようなことを書いていたのを
懐かしく思いおこします。

いずれにせよ、
幕末の日本人が高く評価されていたことに、誇りを感じます。

私たちの歴史は、誇り高く、輝くような歴史でした。

つづきはまたあした。

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