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<<   作成日時 : 2009/04/17 07:57   >>

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徳川慶喜が大阪城を抜けだした理由が
ぼんやりとわかるような気がしてきました。

もちろん肯定しているわけではないのです。

ただ、
尊皇攘夷を叫んで白刃を振りまわす脱藩浪士たちと、
ロンドンの地下鉄工事現場を目撃し、
ウェストミンスター寺院、
バッキンガム宮殿を訪れた者たちとの差違は、
いかんともし難いものがあったのでしょう。

慶喜は、その欧米使節団から
詳細にわたる報告を受けていたはずです。

現在の私たちがヨーロッパを旅してさえ
劣等感を感じるというのに、
幕末の彼らがよくも矜持を保ちつつ
欧米諸国をめぐることができたものだと感嘆します。

彼らが帰国後どのような報告をしたのかは
まだ目を通していません。

しかし、その圧倒的な文明の格差を、
悔しさなど通り越して、
ただただ唖然とする面もちで
慶喜に語ったのではないのでしょうか。

肉食の欧米人は、生きることにつけ戦いにつけ、
我ら草食の民族よりも
はるかに激しい欲望をいだいて生きています。

また、おそらくそれは
キリスト教思想の影響だろうと思いますが、
知への探求心さえ苛斂です。

むさぼるように食べ、
艦隊を派遣して世界から富を強奪し、
大英博物館を、ベルサイユ宮殿を建てたのです。

その欧米人と、
幕末の我らは競合しようとしたのです。

よく知るがゆえに、
弱腰にならざるを得ない幕閣の心情も、
あるいは慶喜の遠慮も、
分からないでもないような気がするのです。

圧倒的な欧米文明の暴力をみて、
開国やむなし、
幕府を解体してさえ内戦を回避すべき
と考えたのかもしれないということです。

文久二年の我が国では
攘夷の思想がまだ主流です。

そのころ、
使節団はイギリスを離れて、
オランダからドイツに向かいます。

********************

「○○○○○○○のためのエチュード」

連載59回

(『ヨーロッパ人の見た幕末使節団』
  鈴木建夫、P・スノードン、G・ツォーベル)

「彼らの衣服は、優雅さを示しているというよりも
 むしろ日本人の清潔さを疑わせた。
 とくに賑やかな色に欠けているのに気付いた。
 あまり教養のない人は、使節団は全員が、
 あるいはその一部が女性であるとしばしば思ったし、
 実際、何人かは、
 きれいに髭を剃った顔と小さな髷のために、
 まるで女性にみえた」
(普 ケルン新報)

「顔は、たいていは非常に陽に焼け、
 われわれからすれば椅麗ではないが、
 善良で知的な風貌である。
 すべての人が、特別椅麗な、完全な歯をしている」
(普 ケルン新聞)

「マルメロ色の平たい顔、切れ長の目、ぴんとした黒髪
 ……それはつつましやかに髷を結っていたをした三八人の異国人
 ……このまったく背の低い人びとは、
 堂々とした印象はまったくなかったが、
 しかし、彼らの近くにいた人は、彼らの表情と目付きには
 魂と炎があらわれていることに気づいた」
(普 ケルン新報)

「非常に上品に振る舞い、
 若干の者はオランダ語だけでなくドイツの言葉をも少し話す」
(普 低部ライン人民新聞)

「小柄な体躯、椅麗な歯、
 善良で知的で精悼な表情などに関心の目が注がれているのは興味深い。
 ちなみに、ロンドン駐在のプロイセン公使ブランデンブルク伯は
 すでに五月に日本使節団について、その見識・理解力を誉めたたえ、
 態度・振る舞いは最良の社会に住む人間のそれであり、
 「優美な礼儀作法で」ヨーロッパの慣習に倣っており、
 非常に控え目であるがすべてに注意深い、とその印象を伝えている」
(『ヨーロッパ人の見た幕末使節団』本文 鈴木建夫)

********************

きょうはここまで。

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