etude85

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(写真は茂木健一郎先生扮する坂本龍馬)

岩倉使節団が見たパリは
日本の京都のように美しい街でした。

そのパリの街並みは
ナポレオン三世の帝政下で
ジョルジュ・オスマンが改造したものです。

改造前のパリが
どれほど不潔な都市であったかは
清潔を好む私たち日本人から見ると
想像を絶するものです。

ハイヒールは路面の汚物を踏まないための靴でしたし
マダム・ポンパドゥールの華麗な髪はシラミだらけでしたし
「家の窓から糞尿を夜であっても投げ捨てない」と言う法律は
オスマンのパリ大改造によって下水道が整備されるまで
改善されることはありませんでした。

それまでのパリは糞尿にまみれた都市だったのです。

ですから、
幕末の訪日者たちが、
江戸の清潔さにおどろいたのは当然のことでした。

さらに日本では
人糞を肥料として利用していましたから
都市の糞尿は周辺の農村へ売られて
おかげで江戸は清潔さを保つことができたのです。

人糞を肥料とする姿を見て、
欧州から訪れた彼らは、それを絶賛しました。

どうしてわれわれはそれに気がつかなかったのだろう、
とおどろく記述が、
幕末訪日録のいたるところに見られます。

そのような意味でも
江戸時代はすぐれた循環機能をもつ社会でした。

岩倉使節団が訪れたのは
大改造後のパリでしたから、
歴史的景観の保たれたその美しさに
彼らは目を見はったのです。

またそのまえに訪れたロンドンが
高度成長期の東京のように排煙に汚れた工業都市でしたから、
商業都市パリの澄んだ空気やきよらかなセーヌの光景に
我を忘れたのでした。

パリを大改造するにあたっても、
フランスがどれほど歴史を大切にしていたのかを
久米はこのように語っています。

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「○○○○○○○のためのエチュード」

連載85回

(『特命全権大使 米欧回覧実記』 久米邦武編
 1871年12月~1873年9月 世界一周して帰朝)

「西欧の日進月歩の状況が日本に伝わって以来、
 軽薄で思慮の浅い連中は、
 旧来のものをそそくさと捨て去って新しいものを追いかけ、
 そのため新知識からはまだなにほどのものも得ないうちに、
 保存すべき古いものをたくさん破棄してしまって
 失われるような状態になっている。
 これがほんとうに日進ということであろうか。
 大木というものは短時間で成長するのではなく、
 長い期間を要するのである。
 むかしはちいさな芽であったものが、
 いまは斧を用いて切らなくてはならなくなる。
 われわれの身体は、赤子が成長したものだ。
 新陳代謝ということを考えるならば、
 一刻たりとももとの自分はない、ということになる。
 しかし、成長した自分のなかには、
 かつての子供時代があるのである。
 これが進歩というもの、日進というものなのである。

 大陸にある人種は重厚な性質を持っている。
 ことに西洋各地の人々は、古いものを捨てたがらない。
 その文明形成のあとをたどって見ると、
 日進月歩とは言うけれども
 元来は古来の文化を磨くことを続けて来て、
 現在の光輝に達しているのである。

 ヨーロッパの中世において、
 異民族が侵入撹乱したために
 古来の文物がすべて兵火のために荒らされ尽くし、
 全く残らないような状態になったことがある。
 これをダーク・エイジという。
 ここ四〇〇年はどの問に文明がようやく進み、
 考古学者などが古い事物や古跡を訪ね、
 歴史書の残欠を集めたり古い言い伝えのうちの
 注目すべきものを記録し、
 あるいは古跡を発掘したり古い井戸を探ったり
 というような探索の苦労をあまた重ねて来た。
 こうしてかつての金の器などが再び世に現れ、
 各都市に博物館の設備ができるようになった。
 聞くところによると文明が進むにつれて
 職人の手間俸貝が騰貴するわりには、
 その技芸はかえって衰えるということが
 少なくないのだそうである。

 ギリシャ・ローマ時代の彫刻や絵画・文様は、
 現代人がこれを模倣してもとても及ばない。

 昔の芸術は、しばしばその技法についての知識が失われて、
 再現できないものが多い。
 西洋の博物学者はみなこのことを慨嘆している。
 そして、それらの学者がわが国に来ると、
 わが国でも
 同じような残念なことが起こるのではないかと予測し、
 古くから伝わる漆芸や象眼などの類いについて、
 いまこの時に技術を捨てたり、
 器物を廃棄したりしないように努力することを勧めるのである。

 これはみな文明の大切さということを考えた懇切な論議である。
 史的な記録、文書などは、
 その国の時代の流れや様子を知るための宝であり、
 断片的なものや捨てられたものといえども収録して
 なくさないように努力しなくてはいけない。
 西洋の図書館、博物館を見るたびに
 その意識の高いことを感ずる。
 わが国のようにはるか東方の国の文物も、
 高い価格を惜しむことなく、また、
 集める労苦を厭うことなく収集したり採録したりしている。
 わが国の人がその収集品を見ると、
 往々にして見たこともないものであることに驚異し、
 その解説を聞いて
 わが国のことを詳しく知って帰るようなこともあるのである。
 西洋がよく日進月歩の実を上げるのは、
 その根本に昔のものを大切に思う心があるからである。

 たとえばパリの壮大な凱旋門は、
 古代ローマの城門から進歩したものであり、
 セーヌ川の橋は、
 ローマのティベーレ川の橋の後商であることからもわかるであろう。

 一、一〇〇年もの知識はこれを集積して行けば文明の光が生まれる。
 しかしこれが散逸してしまえば、
 ついに古代中国の伝説的帝王、葛天氏の時代の民のように、
 素朴そのもののままで終始するのである」

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久米の記述には多々誤りがあり、
訳者はそれを訳注で指摘していますが、
本質的の誤りではないから
その指摘は転載いたしません。

きょうはここまで。

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