etude91

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本日、急性アルコール性片頭痛のため
ビスマルクのスピーチをご紹介して
ブログとさせていただきます。

1873年3月15日の夜、
岩倉使節団が、
宰相ビスマルクに招待された宴席での演説です。

訳者注には、このように書かれています。

「このビスマルクのスピーチは、
 ドイツ側の記録にはとどめられていなかったそうである。
 ビスマルク全集には収められているが、
 しかし、
 それは日本側のメモに残されていたものが
 一九〇一年に訪欧した伊藤博文によって紹介され、
 『新発見のスピーチ』として
 ドイツ語に訳されて公刊されたものをもととしている。
 つまり、その時はじめて
 この演説がドイツに正式に紹介されたのであった」

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「○○○○○○○のためのエチュード」

連載91回

(『特命全権大使 米欧回覧実記』 久米邦武編
 1871年12月~1873年9月 世界一周して帰朝)

「本日の宴会で、
 ビスマルクは自身の幼時からの体験を交えながらこのような話をした。

 現在、世界各国はみな親睦の念と礼儀を保ちながら交際している。
 しかし、これは全く建前のことであって、
 その裏面ではひそかに強弱のせめぎあいがあり、
 大小各国の相互不信があるのが本音のところである。
 私が幼いころ、
 わがプロイセン国が弱体であったことはみなさんもご存じのことであろう。
 そのころ私は小国としての実際の状況を自ら体験し、
 常に憤懣を感じていたことは、今も脳裏にはっきりと記憶している。
 かのいわゆる「万国公法(国際法)」は、
 列国の権利を保全するための原則的取り決めではあるけれども、
 大国が利益を追求するに際して、
 自分に利益があれば国際法をきちんと守るものの、
 もし国際法を守ることが自国にとって不利だとなれば、
 たちまち軍事力にものを言わせるのであって、
 国際法を常に守ることなどはあり得ない。
 小国は一生懸命国際法に書かれていることと理念を大切にし、
 それを無視しないことで自主権を守ろうと努力するが、
 弱者を翻弄する力任せの政略に逢っては、
 ほとんど自分の立場を守れないことは、よくあることである。
 わが国もそのような状態だったので私は憤慨して、
 いつかは国力を強化し、
 どんな国とも対等の立場で外交を行おうと考え、
 愛国心を奮い起こして行動すること数十年、
 とうとう近年に至ってようやくその望みを達した。
 これもただ、
 国ごとの自主権をまっとうするという志を延べたことに過ぎない。
 ところが各国はみな、
 わが国が四方に向かって軍事行動をしたことのみを取り1げてむやみに憎み、
 プロイセンは侵略を好み、
 他国の権利を犯す国であると非難しているようである。
 これは全くわが国の意図と反している。
 わが国は国権を重んずることを通じて、
 各国相互が自主権を守り、対等に交わり、
 相互に侵略しない公明正大な世界に生きたいと考えているだけなのである。
 従来の戦争も、みなドイツの国権のためにやむを得ないものだったことは、
 世の識者には幸い理解してもらえるであろう。

 聞くところによると英仏両国は海外植民地を搾取し、
 その物産を利用して国力をほしいままに強め、
 他の諸国はみな両国の行動に迷惑を感じているという。
 ヨーロッパの平和外交などはまだ信用するわけには行かない。
 みなさんもきっと顧みて
 ひそかな危倶を捨て去ることができないのではないか。
 そのお気持ちは私自身小国に生まれ、
 その実態をよくよく知っているので、実によく理解できるところである。
 私が世界の批判などを顧みることなく、国権をまっとうしたその本心も、
 またそのところにある。
 したがって、現在日本が親しく交際している国も多いだろうけれども、
 国権と自主を重んずるわがドイツこそは、
 日本にとって、親しい中でも最も親しむべき国なのではないか


 両国の使臣たちが一堂に会している中でのこのスピーチは、
 たいへん意義深く、
 ビスマルクの弁舌のすぐれていること、
 政略にたけていることがよく認識できた。
 よくよく味わうべき言葉だったと言うべきであろう」

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きょうはここまで。

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