銀杏

画像


にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
ボタンを押していただければ幸いです

この銀杏について
拙著『蒼天のクオリア』(茂木健一郎先生序文)から抜萃します。

「秋の谷間は、湖の底にいるようだった。
 虫の声も、鳥のさえずりもない。
ただ、ほんのときおり、遠くで、かん高い雉(きじ)の鳴き声がする。

十一月の末になると、銀杏の巨木がひときわあざやかに染まりはじめる。
この銀杏は、祖母が皇居の勤労奉仕をしたときに、
昭和天皇からいただいた苗木が大きくなったものだということだった。

沢村にとって、景色は歴史だった。
墓地に立つ山桜の巨木は、三百年以上は経っている。
石畳をおおうように立つ玉の木は,さらに昔からのものらしく、
先端が枯れはじめ、幹はすでに虚(うろ)になっている。
屋敷の四季をいろどる樹々は、
何代にもわたるこの家の当主たちを見下(お)ろし、
それぞれの遙かな歴史を呼吸してきたのだ。

しかし当時の沢村は、そういった雄大な樹々たちよりも、
どちらかといえば枯野原のほうが好きだった。
うすい臙脂(えんじ)やあわい茶色の、
微妙なグラデーションに染めわけられた晩秋から冬の景色が、
特に好きだった。

冬の大井川を渡るときの、
いちめんにひろがる枯野の色の不思議さは、
いつも沢村の心をとらえた。
風が立つと、秋の陽ざしのなかで、枯れ草がゆれる。
無数のほそい葉が、かさこそと音をたてながら、ゆれている。
近よればうす汚れ、ところどころ腐っている枯草の風景が、
遠くから眺めていると、淡く、
せつない音楽さえ感じさせるのはなぜなのだろうか。
疲れた彼の心が、枯野原に映るからだろうか。

枯草の景色は、生への欲望が捨象(しゃしょう)され、
しずかな哀しみにみちた世界のように感じられた」

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック