etude190

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幕末の志士たちは、
最後の白兵戦に
勝機を見い出したのかもしれません。

白兵戦にこそ
武士道の極意があるからです。

蒸気船艦やアームストロング砲には勝ち目がなくとも、
敵兵との一騎打ちであれば
志士たちの望むところだったでしょう。

奥深い山岳地帯に隠れて、
平野部の都市を占拠する列強の兵に、
夜毎に奇襲攻撃をかけ、
白兵戦に持ち込めば、
ベトナムの米兵がそうであったように、
列強の兵士達もしだいに厭戦気分に支配され、
やがては欧米のマスコミも、
膨大な経費を費やす遠隔地での戦争に
異を唱えはじめるだろうと、
攘夷家たちが考えたとしても不思議ではありません。

もともと列強諸国は、
それほど日本に食指を動かしていたわけではありません。

日本列島に地勢学的な意味があるとすれば、
クリミア戦争で敗北したロシアにとって
極東における南下政策の突破口として、
あるいはアメリカの捕鯨基地として、
せいぜいそれくらいなもので、
欧州諸国にとって、
日本は胡椒を産するわけでもなく
必要な産品は
中国など東アジアの国々から手に入りましたから、
それほど日本の価値に
重きを置いていたわけではありませんでした。

ですから、
欧州兵を山岳地帯に誘き寄せてゲリラ戦を展開し、
停泊する蒸気戦艦に奇襲攻撃をかければ、
膨れ上がる戦費と長期化する戦況を嫌って、
おそらく欧州議会は停戦を求めてきたでしょう。

その国防戦の結果、
日本国は天皇を中心にしてひとつに結束し、
そのとき日本の民に、
世界のなかの日本国民としての意識が
芽生えたかもしれません。

というのも、
総力戦のなかで江戸時代の階級制度は壊れ、
ゲリラ戦の主力として
長州奇兵隊のような国民兵が誕生していたはずですから。

ところで
どのようにして蒸気戦艦に奇襲攻撃をかけるかですって?

それは明日のお楽しみ。

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