会社にいたころ2

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2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。


需要予測をはじめよう、と思い立った、
というところからでした。

入社して数ヶ月後のことです。

まだ誰も手をつけたことのない分野でしたから、
数冊の専門書を買うところからはじまりました。

回帰分析とかいったように記憶しています。

重回帰分析とか移動平均とか、
そんなことについて勉強をはじめたのです。

それと並行して、
各県別、年齢別、年度別の
できるだけ詳細な人口データが、
どこにあるのかをさがしました。

当時はインターネットがありませんから、
図書館に行って、
そのデータの在りかをさがしたのです。

農林省でしたか、
人口問題研究所というのが当時はありました。

いまでもあるのかもしれません。

あるいは厚生省。

そういったところをさがしあてて、
全国の詳細な人口データを入手したのです。

つまり、
ノートの需要は、
学齢期の子供たちが最も多く使うものですから、
その人口に左右されるのです。

もうひとつはテレビコマーシャル。

全国放送でCMを流す前と後とでは
オーダーがひとつ変わるのです。

会社がスポンサーになっているテレビ番組の
各県別視聴率も
需要に大きく影響しますから、
その詳細なデータも必要でした。

テレビコマーシャルの放映されている県と
そうでない県とでは、
売り上げがまったく違うのです。

また番組の内容によって
視聴者の性別や年齢構成が変わってくるのです。

それらのデータを分析して、
数年先のノート需要を予測するのです。

当時はまだパソコンなどというものは夢のまた夢で、
確か、NECでナントカ5500という
企業向け小型コンピューターが
初めて売り出されたころのことでした。

日経サイエンスの表紙に
夢のコンピューターと題して
ちょうどいまのノートパソコンのようなイラストが
載っていました。

コンピューターといえば
会社の奥に硝子張りの空調を効かせた部屋があって、
そこに鎮座ましましていたのです。

とても新入社員に使わせてもらえるような
代物ではありませんでした。

私は、いまから40年ほどまえの学生時代に、
フォートランのプログラムと
実際の操作とを学んだことがありました。

当時の記憶装置といえば、
紙のリールに点字のような穴が開いたものでした。

やがて現在のタイムカードぐらいの紙のカードに
ちいさな四角の穴をあけたものになりました。

計算速度も今とは桁外れに遅かったのです。

それでも、
理系の学生にはプログラミングは必要で、
膨大な計算を必要とする
電子の軌道計算などに使ったのです。

ですから、
使えといわれればコンピューターを使うことはできましたが、
新入社員には恐れ多いことでしたから、
私は塩谷課長に申し出て、
カシオのプログラム電卓の、
一番性能のいいものを買って貰いました。

その電卓に回帰分析など数種の数式をプログラムして、
そこにさきほどのデータを打ち込んでゆくのです。

毎日毎夜、
取り憑かれたように電卓をたたきつづけました。

そうして数ヶ月後に、
需要予測が完成したのです。

つづきはまた明日。

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