冑佛伝説・藤屋河村家

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2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です


誰ひとりその行方を知らなかった藤屋河村家。

その直系、河村康夫さんが、
一昨日、突然我が家を訪ねてきたのです。

私のブログを見たということでした。

藤屋河村家のご子孫とお会いできるとは
思ってもいませんでしたから
それだけでもおもわず涙が浮かぶほどの
喜びでした。

遠江河村氏の最後の聖杯、
藤屋河村家が確認されたこの日、
遠江河村氏の壮大なパズルが完成したのです。

しかしその喜びは、
翌夜訪れる狂喜のドラマの幕あけにすぎませんでした。

ところで、
脳科学者茂木健一郎先生の序文をいただいて
『冑佛伝説』を私が上梓したのは
みなさんご存じのことと思います。


「冑佛(かぶとぼとけ)。

 それは戦場で、
 御先祖様が兜(かぶと)の中に入れて戦った仏さま。

 金谷町大代の河村家に伝わるこの伝承が、
 これから起こるすべての出来事の発端だった。

 冑佛と言い伝えられてきたちいさな仏像が、
 歴史の迷宮の奥に閉ざされた扉をひらく、
 秘密の鍵とは、
 そのときまで誰も知らなかった」

このように始まる歴史探求の旅のなかで、
私が立てた幾つかの仮説のうち、

 「冑佛は河村一族の証しである」

というものがありました。

 「冑佛は河村一族の証しである」

これこそこの論考を通じて
私がもっとも重要視したもののひとつです。

源頼朝の「髻観音」
河村秀清の「観音立像」
御林守河村家の「冑佛」
本陣柏屋河村家の「冑佛」

そして昨夜、
藤屋河村家の河村康夫さんから
一通のメールが送られてきたのです。

そこには、写真が添付されていました。

つづきはまた明日。

(ところで
 遠江河村一族に伝わる冑佛の写真を
 みなさんご覧になりたいでしょうか?)

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