『東京藝大物語』(茂木健一郎先生著)感想

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『東京藝大物語』

齢60を越えてはじめて思うこともある。

20代までを青春と呼ぶなら、
それはその後の数十年の人生をかたちづくる思想の胚胎期であったということだ。

もうすぐ65才の私には、何者でもなかった苦悩の20代が、
世に言う甘美な青春であったとは思えない。
それは、憧れを知る者にのみ訪れる残酷な季節だった。

憧れを知る者、現代には失われてしまったと思われていたその若者たちが、
茂木先生の手によって『東京藝大物語』によみがえった。
いまの世にもいたという安堵と彼らへの限りない哀惜を感じる。

この小説の斬新さのひとつは、能でいうワキが、「私」と名告らないがゆえに、
読み手がワキとまったく一体化できるところにある。

ワキは茂木先生なのだが、読みすすむうちに、
自分が茂木先生の世界観と豊富な学識とをわがものにしたかのような至福を感じとれるのである。
一般的な小説では、ワキの「私」がわずかに邪魔をして小説に没入できないことがままある。
それがまったくない清新な読後感を覚える。

また私は、静岡の深山幽谷にいて、
文化財に指定された住宅やその周辺風景を維持管理するために人生を献げたわけだが、
いまやふつうのお爺さんとなった私にしてみると、
こんなふうに思う。

それは、命の盛んな青春期に、
憧れを懐いて疾走し、
一瞬光芒を放って散った者たちが、この世には無数にいるということだ。

それは隣のおじさんかもしれないし、父親かもしれない。母かもしれない。
だれもが皆、青春の一時期天才であったと、茂木先生は書いてくださったのだ。

年を経たものたちは皆、自らの青春物語を胸に秘めて生きている。
『東京藝大物語』の登場人物たちも、やがてふつうのおじさんになるのだろう。
しかし彼らにも輝ける天才の一時期があったということを、
本物の天与の才能を与えられた茂木先生は、
溢れるほどの愛情をもって書きとめてくださったのだ。

このように『東京藝大物語』は世代をこえて読み継がれる青春小説となった。
それは明るくせつない人生の賛歌である。
ぜひ、すべての世代の方々に、お読みいただくことを願う。

(いまから、母屋の草刈りに行ってまいります。己の青春物語を思い出しながら)

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