7月26日(日)「御林守河村家展」 

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備前長船永光(祖先使用)


昔こんなふうに考えたことがある。

初期万葉のころ、いろんな皇子がいた。
有能な皇子も、華やかな皇子もいただろう。
でも、語りつがれてはいない。

有間皇子はどうだろう。
あんまり有能とも言えなさそうだし、
華やかなんかじゃなかった。

ただ、たった二首の歌を残したことで、
いまでも私たちのこころをふるわせる。

磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む
家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

風に耳をすますと、
かなしい有間皇子の歌がきこえる。

文化って、そんなものだろう。
なにかの役に立つとか、
金銭的な価値があってそれでもうかるとか
そんなことじゃない。
むしろ、なんにも役に立たないし、
文化財でもうかるなんてことはあり得ない。

それでも、あるいはそれだからこそ、
文化は語りつがれる。

役に立つもの、もうかるものが語りつがれるんじゃなくて、
美しいものが語りつがれる。

昔そんなふうに考えたことがある。

いまもそんな気がする。

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