山岡鉄舟鉄扇(6)

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(写真は 中條克太郎景明から御林守河村家十三代小次郎が拝受した心形刀流免許証)

明日、御林守河村家伝来「実戦展」開催 
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/201701/article_18.html 
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山岡鉄舟鉄扇(6)

はなはだ遠回りいたしましたが、
御林守河村家伝来の山岡鉄舟鉄扇につきましては、
旧金谷町教育委員会の解説文を転載させていただきます。

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鉄扇とは、
親骨(扇の両端の太い骨)を鉄製にした扇で、
江戸時代には護身用として使われていた。

この鉄扇は、鉄扇の形を模し堅い木で作られている。
明治期に、山岡鉄舟から中條景昭に贈られたものを、
河村家十三代小次郎が、中條景昭(かげあき)の子
中條景明(かげあきら)から武芸の指南を受け、
皆伝の暁に頂戴したものである。
刻銘には、
「敵をたヾ打つと思ふな身を守れをのづからなる賤か家の月」
とある。
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鉄扇に刻まれている山岡鉄舟の歌と
空也上人の歌とをくらべてみましょう。

敵をたヾ打つと思ふな身を守れ をのづからなる賤か家の月
山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ

この二首の歌には、相通ずるところがあるように思います。
剣禅一如と通底しているように感じられるのです。
空也上人の歌は、柳生心影流極意でもあって、
それらの歌に共通しているのは、
私心を捨てる、ということでしょうか。

勝ちたい、という思いにとらわれると
ありのままの敵の姿がみえなくなる、という意味でしょう。

生死を分ける極限状態では、
正確な敵の情報こそが重要なのでしょう。

自身が思うことよりも、
状況を私心なく判断することのほうが大切というのです。

宮本武蔵の『五輪書』の中にも、
同じような内容が随所に書かれています。

「手は何時となく空になり、唯だ心の命ずるまゝ、
 知らず知らず打つ事、
 是れ無念無相とて、一大事の打なり。」

これは武蔵が幾たびも剣先を眼前にして到達した極限の心境なのでしょう。

もう一度、山岡鉄舟鉄扇の刻銘を詠んでみましょう。

敵をたヾ打つと思ふな身を守れ をのづからなる賤か家の月

この鉄扇は、中條景昭が嫡男克太郎に授け
さらに中條克太郎景明から私の祖父へと渡されたのです。

つづきはまた明後日。

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