テーマ:冑佛伝説(かぶとぼとけでんせつ)

脳科学者 茂木健一郎先生による『冑佛伝説』序文(全文)

小さな歴史と大きな歴史の交錯の中から                                 茂木健一郎 (脳科学者)  河村隆夫さんがふとしたきっかけで先祖代々伝えられてきた冑佛(かぶとぼとけ)と出会い、歴史の闇に埋もれていたこの「小さきもの」を白日の下に呼び戻すまでの経緯は、それ自体が一つの見事な物語のようで…
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NHK大河ドラマ「利家とまつ」に冑佛(かぶとぼとけ)登場!

(写真は前田利家「勝軍地蔵」) NHK大河ドラマ「利家とまつ」に 冑佛(かぶとぼとけ)が登場しました! 父(前田利昌)が利家に、かぶとぼとけを手渡すシーンの画像を、ネットで探しています。放映は2002年です。 どなたか、検索の方法など、あるいはNHK画像そのものをご教示願えませんでしょうか?
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『冑佛伝説』(2006・静岡新聞社)

『冑佛伝説』(2006年・静岡新聞社) (序文は脳科学者の茂木健一郎先生が書いてくださいました) すべてはひとつの伝説から始まりました。 「冑佛(かぶとぼとけ)、 それは戦場で、ご先祖さまが兜の中に入れて戦った仏さま」 祖母から聞いたこの伝承を、 やがてNHKの朝のニュース「おはよう日本」で全国に向けて語り、…
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「冑佛(かぶとぼとけ)」が世界語に!

昨年六月、『冑佛(かぶとぼとけ)考(四)』は 「甲冑武具研究 第190号」の巻頭論文として掲載され、英訳されました いまでは欧米の日本甲冑研究者の間でも、兜に秘める小仏を「kabuto-botoke」と呼ぶようになり、云わば世界語となりました。 ちなみに『甲冑武具研究』は、文化庁所管の社団「日本甲…
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「冑佛(かぶとぼとけ)展」毎日曜日10時から開催します。

12月11日(日)から1月15日(日)まで毎日曜日 10:00~14:00 「冑佛(かぶとぼとけ)展」を開催します。 入場料 500円      高校生以下無料 JR金谷駅からバスで25分(10:30金谷駅発) 新東名島田金谷ICから10分 国1バイパス大代ICから10分 駐車場はジャンボ干支…
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「冑佛(かぶとぼとけ)展」のポスターができました。

12月・1月の毎週日曜日 10時から14時まで 島田市指定文化財「河村家住宅」において 御林守河村家伝来の秘仏「冑佛(かぶとぼとけ)展」を開催します。 後援 静岡県・静岡県教育委員会・公益財団法人静岡県文化財団・ 島田市・島田市教育委員会・社団法人日本甲冑武具研究保存会・ 静岡新聞社・静岡放送・株式…
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冑佛(かぶとぼとけ)御開帳 (12月・1月毎週日曜日)

「冑佛(かぶとぼとけ)展」のポスターができました。 静岡新聞朝刊の記事も拡大してご覧ください。 「御林守河村家伝来 秘仏 冑佛(かぶとぼとけ)展」 御林守河村家伝来 秘仏冑佛(かぶとぼとけ)御開帳 日 時   冑佛御開帳は12月・1月の毎週日曜日 10:00~14:00 …
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秘仏冑佛 御開帳 (12月・1月毎週日曜日)

御林守河村家伝来 秘仏冑佛 御開帳 https://youtu.be/-iPbIPQFHG0 12月・1月の毎週日曜日に、 島田市指定文化財「御林守河村家住宅」において、 冑佛(かぶとぼとけ)を初公開します。 「冑佛(かぶとぼとけ)。 それはご先祖様が戦場で兜の中に入れて戦った仏さま」 御林守河村家に伝わる…
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冑佛(かぶとぼとけ)論文要約が英訳されました。

「戦国武将は秘めたる個人信仰に支えられていた」とする新しい歴史観を、 下記論考において、はじめて私は提唱しました。 「冑佛考」  (『甲冑武具研究』105号、1994年) 「続冑佛考」 (『甲冑武具研究』113号・114号、1996年) 「冑佛考(三)」(『甲冑武具研究』135号、2001年) 「冑佛考(四…
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(動画)冑佛(かぶとぼとけ)TV初登場!

動画の第4編です。 いまから25年ほど前に、 冑佛(かぶとぼとけ)がはじめてテレビに紹介されたときの動画です。 私は30代後半でした。 どうぞご覧ください。 https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=ohhY1MAUAMA
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『甲冑武具研究』 投稿論文要約(800字)

御林守河村家 冑佛(かぶとぼとけ) 日本の甲冑武具が欧米で注目を集めている。 そのため、冑佛についての下記要約文が英文化されて世界に発信されることになった。 ********************* すべてはひとつの伝説から始まった。 「冑佛(かぶとぼとけ)。それは戦場で、御先祖様が兜の中かにいれて戦った仏さま」…
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「金野信門」「春日 義延」

どなたかご存じの方ご教示いただきたく存じます。 慶応二年頃の「金野信門」、 また同時期の「春日 義延」、 金野信門は堤寶山流剣術の高位の者と思われ、 春日は春日大社のことなのか、 義延とはどのような人物か、 どのようにしらべてもこれらが解明しません。 剣術、仏像などにご興味がおありの方、 どうぞお教え…
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冑佛(かぶとぼとけ)への回帰

ジャンボ干支は昨日も駐車場を埋めつくすほどの来訪者でした。 でも、私は窓の外のにぎわいからすこし離れて、 なすべきこと、 つまり小論文を書きあげて研究誌におくることに集中しようと思います。
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警察官友の会

静岡センチュリーホテルで 警察官友の会の創立50周年記念祝賀会がありました。 記念講演は、元警察庁長官、元スイス大使の、國松孝次様でした。 パストガバナーの志田静岡県公安委員長にご挨拶することもできました。 また、久能山東照宮宮司の落合様とお話ししていると、 久能山東照宮所蔵の徳川家康甲冑を修復し…
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藤本鞍斎先生を偲んで(6)

お通夜の席で奥様にご挨拶しました。 お悔やみを申し上げると 奥様はうなだれて 長くつれそった伴侶を喪うことが これほどの悲しみなのかと 深い同情を禁じ得ませんでした。 霊前には、 あの三島由紀夫と並ぶ鏡開きの写真が 掲げられていました。 藤本先生はとてもお優しい方でした。 深山に住まう私を 日本…
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藤本鞍斎先生を偲んで(5)

拙著『冑佛伝説』より抜粋 ********************* 翌年の三月には、NHK静岡支局の安部ディレクターから連絡があった。 藤本会長から教えていただいた長野県長岳寺につたわる 武田信玄使用の鍬形(くわがた)台の、 祓立(はらいだ)ての裏に秘められていた冑佛の取材をすすめられたのだ。 長岳寺は、北陸本…
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藤本鞍斎先生を偲んで(4)

拙著『冑佛伝説』より抜粋 NHK朝のニュース「おはよう日本」の撮影が開始され、 それは三日におよんだ。 初日は金谷町大代の自宅で、二日目は関西方面でのロケだった。 早朝の新幹線に、ディレクターの安部氏、アナウンサーの村竹氏、 カメラマン、照明係、私の五人がのりあわせ、京都にむかった。 旅館に宿泊中の、甲冑…
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藤本鞍斎先生を偲んで(3)

2006年3月30日(木曜日) 08時05分18秒 平成十一年に 藤本会長が文化庁長官賞を受賞されたとき、 祝賀会が目黒の雅叙園でひらかれました。 各界のお歴々がいならぶなかに、 私が招待されたのは 思ってもみない光栄なことでした。 その数年まえ、 平成六年の秋だったと思いますが、 『続冑佛考』の校正の…
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藤本鞍斎先生を偲んで(2)

以下の文章は藤本鞍斎先生が静岡を訪問されたときの ブログの記録です。 2006年3月29日(水曜日) 08時19分51秒 (社)日本甲冑武具研究保存会の現会長が藤本鞍斎先生です。 藤本会長のご本名は藤本巌ですが、 ふだんは雅号で通していらっしゃいます。 鞍斎という雅号のあらわすように 藤本会長は「鞍」の…
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藤本鞍斎先生の訃報に接して

藤本巌(号鞍斎)先生は、 昭和41年に日本甲冑武具研究保存会へ入会して以来、長らく会長を務められた方です。 日本甲冑武具保存会は、昭和42年に文化庁が直接所管する社団となりました。 日本全国の甲冑武具の研究とそれらの保存を目的として、 文化庁に認定された国内唯一の社団となったのです。 藤本先生は、昭和43年理事、4…
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御林守河村家の歴史26

にほんブログ村 相模河村氏家紋「丸に直違」 遠江河村氏家紋「丸に違い箸」 御林守河村家 冑佛 「冑佛は河村一族の証しである」 数回にわたってこの仮説を説明したのは 相模河村氏から遠江河村氏へ伝えられた希有な小佛信仰が 幾多ある河村氏移住の根拠のひとつである、 と論証するためであった。 永享十年(1438)八…
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御林守河村家の歴史25

にほんブログ村 遠江河村氏家紋「丸に違い箸」 問屋藤屋河村家 冑佛 本陣柏屋河村家 冑佛 御林守河村家 冑佛 「冑佛は河村一族の証しである」 この仮説を私が重視したことは 前日まで数回にわたって説明した。 源頼朝の「髻観音」 相模河村氏河村秀清の「観音立像」 遠江河村氏御林守河村家の「冑佛」 遠江河村氏…
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御林守河村家の歴史24

にほんブログ村 遠江河村氏家紋「丸に違い箸」 問屋藤屋河村家 冑佛 御林守河村家 冑佛 本陣柏屋河村家 冑佛 上の写真は遠江河村氏に伝わる三体の冑佛である。 御林守河村家の歴史探求の旅のなかで、 私が立てた幾つかの仮説のうち、 「冑佛は河村一族の証しである」 というものがあった。 この仮説こそこの…
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御林守河村家の歴史23

にほんブログ村 遠江河村氏家紋「丸に違い箸」 御林守河村家 冑佛 本陣柏屋河村家 冑佛 「冑佛(かぶとぼとけ)。  それは戦場で、  御先祖様が兜(かぶと)の中に入れて戦った仏さま。 金谷町大代の河村家に伝わるこの伝承が、 やがて起こるすべての出来事の発端だった。 冑佛と言い伝えられてきたちいさな仏像が…
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