テーマ:etude

武市半平太(etude231)

[島田市指定文化財]御林守河村家  武市瑞山 現在読みかけの書は ジーボルト『江戸参府紀行』 福地源一郎『幕府衰亡論』 福沢諭吉『西洋事情』 以上三冊。 並行して読んでいる。 ところで、 昨夜NHKの『龍馬傳』をおもしろく見た。 しかし武市にあまり同情を憶えぬのは 松陰や左内のように 海外に目を…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

イスタンブール(etude230)

[島田市指定文化財]御林守河村家 塩野七海はいい。 コンスタンティノープル、ロードス、レパント、 この三部作が特にいい。 ビザンツ帝国とセルジュクトルコの攻防のあたりから、 歴史解説書をもう一度読み直そうと思っている。 それにしてもどうしてイスラムは 日本植民地化の触手を伸ばさなかったのだろう。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

イスラム(etude229)

[島田市指定文化財]御林守河村家 ジーボルトやポンペが日本につたえた西洋科学は ギリシャで誕生しイスラムで発展して やがてガリレオのころになって初めて 西洋科学として成熟しはじめた。 アンティキテラの機械は紀元前100年以上まえに ギリシャで造られ、 その後それと比較しうる機械があらわれるのに 1000年…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ノーブレス・オブリージュ(etude226)

[島田市指定文化財]御林守河村家『幕府衰亡論』福地源一郎 特権階級である武士が 自ら武士を滅亡させた明治維新とは何であったのか。 前回それを福地源一郎の『幕府衰亡論』から 読み解こうとした。 「晋どん、もうここらでよか」 南洲がすべてを背負って最後に吐いたこの言葉が、 私には「武士の世はもうここらでよか」 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

幕府衰亡史(etude225)

[島田市指定文化財]御林守河村家『幕府衰亡論』福地源一郎 西郷南洲のふところに 橋本左内の手紙が潜んでいたことを ずいぶん以前に書いた記憶がある。 南洲の心中を知ることは不可能だが 私はこんなふうに想像する。 つまり、 自ら不平士族の象徴的存在となって滅ぶことで あの不可思議な革命を成就させようとしたのだと。…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

コンスタンティノープル(etude224)

[島田市指定文化財]御林守河村家etude224 1453年といえば応仁の乱よりも前のこと。 オスマントルコのスルタンが ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを欲した。 その凄絶なる欲望、 キリスト教とイスラム教の それぞれの神をかけた戦いは、 われらの想像を絶する激しさだった。 仏教徒という…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

クオリアと統治(etude223)

[島田市指定文化財]御林守河村家『幕府衰亡論』福地源一郎 人はパンのみにて生くる者にあらず、 と言うように、 パンは人の生にとって必要だが十分ではない。 パンに満たされた者はさらに魂の充足を求める。 言うまでもなく パンは物質であって魂とは精神であるから、 人々を統治するには 物質であるパンを安定的に与え…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude222

『幕府衰亡論』福地源一郎 (今朝の葉桜) ひきつづき福地桜痴の『幕府衰亡論』読んでいる。 攘夷の思想が 幕府開闢以来どのようにして醸成されてきたかがよく分かる。 平成の今、 百五十年前の幕末史を遠望すると、 攘夷の思想は如何に愚かしいものかと思う。 しかし攘夷の総本山と目されていた水戸の御老公…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude221

『江戸参府紀行』『幕府衰亡論』 ジーボルトの『江戸参府紀行』と 福地源一郎の『幕府衰亡論』とを併読している。 福地は文章家だから どうしてもそちらを読みすすんでしまう。 まだ読みはじめたばかりだけれど 幕府が衰亡した原因は幕府の失政によるのであって それさえなければ幕府はさらに永続したであろう という…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude220

今日からジーボルト『江戸参府紀行』 (梅の木オーナーの皆さま ぜひお花見にお越しください) ツュンベリーを読みおえて ジーボルト『江戸参府紀行』を読みはじめたところです。 ドイツ人のケンペルは、 1690~1692年の約2年間、 元禄時代の日本を見聞し、 スウェーデン人のツュンベリーは、 1775~1776年…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude219

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 etude218で、 ケンペルを引用するのを忘れました。 友人に指摘されて気がつきました。 有難う。 本日只今ケンペルを引用致します。 それにしても、 1691年に将軍に謁見するケンペルの卑屈な態度と 1853年に来…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude218

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 今日は、スキャナーの故障で 引用できなかったケンペルからも抜粋しましょう。 ケンペルは元禄時代、 ツュンベリーは田沼時代と、 二人とも江戸の市民文化が繁栄した時代に参府旅行をしました。 実は、ケンペルは正確な日本地図を、 ツュ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude217

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 スキャナーの具合が悪くて、 このところ文献からの引用を中断していましたけれど、 昨日調整に成功して復活いたしました。 それで、引用を再開します。 ツュンベリー『江戸参府随行日記』から、 成熟した日本文化に彼が目を見張るところを …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude216

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 1775年8月13日、 ツュンベリーは長崎に上陸します。 ケンペルからすでに八十年以上の歳月が流れて、 日本は江戸中期、徳川吉宗の治世で、 私の家から目鼻の距離の相良藩藩主田沼意次が 老中として重商主義改革を推し進めていたころのこと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude215

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 ケンペル『江戸参府旅行日記』を読みおえました。 ケンペルは、1691年、1692年と二回に渡って、 長崎の出島と江戸のあいだを往復したのです。 この書の何が驚くべきことかというと 出島のオランダ商館で医師として働いていたケンペルが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude214

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 etudeシリーズが途絶えているな、 とお思いになった方々へ。 すこし悩んでいるのです。 それで、今週の月曜に、 元静岡大学人文学部長の本多隆茂先生を訪ねて ご指導を仰ぎました。 それはこういうことです。 つまり、残…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

etude213

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 (ケンペル) 日本についての不思議な伝承は どうもケンペルに端を発しているようです。 伊勢詣りの描写にも首をかしげるような光景が 紹介されています。 1700年以降のヨーロッパの人びとは ケンペルの『日本誌』を唯一の知識源…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude212

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 ケンペルの『江戸参府旅行日記』を読みはじめました。 ケンペルは、 はじめて日本の全体像をヨーロッパに紹介したドイツ人医師です。 1690年から約二年間、 オランダ商館付き医師として出島に滞在し、 そのあいだに江戸参府旅行を二度経…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude211

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 酒精我が脳髄を侵したれど われ束の間覚醒して小文をしたためるなり。 第二次下関戦争の かくも周到なる作戦計画のもとに実行せられしとは、 驚きに堪えず。 英国政府は 公使オールコックの独断専行をおそれしゆえ 先制攻撃を控えるべ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude210

3月28日まで 島田市博物館で展示会「大井川流域の暮らしと道具」を開催しています。 (下関攻撃作戦地図) 馬関戦争とも四国艦隊下関砲撃事件ともよばれる 連合艦隊による長州攻撃は、 日本との全面戦争を想定した英国陸海軍による 周到な作戦であったことが知られています。 第一次下関戦争、薩英戦争とつづいて、 英国政…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude209

梅の木オーナーさま募集中! はじめに言(ことば)あり、 言は神とともにあり、 言は神なりき。 この言ははじめに神とともにあり、 よろずのものこれに由りて成り、 成りたるものに一つとしてこれによらで 成りたるはなし。 このヨハネの福音書冒頭の一節は、 じつに深い意味を含んでいます。 ギリシャ文明以来…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

etude208

梅の木オーナーさま募集中! このetudeシリーズを読んでくださるのは いったいどんな方々なのだろうと ときどき不思議な感じがします。 毎日、30名ほどいらっしゃるのです。 私はひとつの道にのめり込むと 力つき果てるまで続けてしまう癖があるというだけで、 何かを目的にしてはじめたシリーズではないのです。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude207

梅の木オーナーさま募集中! もちろんギリシャ以前から数学の原形は存在していたにせよ、 やがて現代数学の姿に成長する種子は、 ギリシャ文明において蒔かれたと考えて良いでしょう。 先日のアンティキテラの機械にみられるように、 ピタゴラスやユークリッドに代表されるギリシャ数学の成果は、 天文学にも及んでいました。 宇…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude206

梅の木オーナーさま募集中! 幕末と冑佛とは、 私の中で、どのような繋がりをもつのでしょう。 思わぬところに秘密の小径が隠れているのかもしれません。 幕末と数学とを繋ぐ架け橋は、 見えてきたような気がします。 なぜなら、 西洋文明の根底には、 精神を記号化してこの物質世界と結びつける という思想があるよう…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

etude205

梅の木オーナーさま募集中! 和魂洋才というけれど、 ほんとうでしょうか? 私には反対のように思えてなりません。 江戸期以前はいざ知らず 幕末における日本の能才とは 阿部正弘や川路聖謨や小栗上野のように 万端卒なく物事を処理する能力を意味していました。 つまりいまで言う官僚の能力です。 江戸時代二百六…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude204

2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。 橋本左内と岩瀬肥後とのあいだに 接点があったことを 福地源一郎の『幕末政治家』を読みおえて はじめて知りました。 こんなふうに書いてあるのです。 「岩瀬は当時藩主の内命を帯びて出京せる  越前の橋本左内と窃に結託し」 左内の未来を透視するが如き卓見は、 ひと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude203

2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。 森山栄之助の瞬く間の出世は ドンケル・クルチウスを驚かせています。 嘉永六年四月五日(1853年5月12日) 「小通詞栄之助は大通詞扱いに昇格」 同年七月二日 「大通詞扱いの栄之助は再度昇格して大通詞に」 ところで オランダ通詞は江戸中期以降じつに細分化してい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude202

2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。 最後のオランダ商館長ドンケル・クルチウスが 長崎の出島に到着したのは 嘉永五年(1852)、 ペリー来航の前年のことでした。 オランダ国王ウィルレム三世の意向を伝える オランダ東インド総督の信書を携えて、 アメリカの黒船が日本に迫っていることを 長崎奉行に知らせよ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude201

2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。 ドンケル・クルチウスを読みはじめました。 しかしこの本 『幕末出島未公開文書』(フォス美弥子編訳)は、 1855年の暮れまでしか記録がありません。 本当はポンペとどのように関わったのかを 知りたかったので、 ちょっとがっかりです。 このつづきが出るといいのです…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

etude200

2月13日は茂木健一郎先生の講演会の日です。 etudeシリーズ200回記念というのに 喉が痛み頭がぼんやりしています。 しかし私はこんな状態をとても気に入っているのです。 なぜって ぼんやりしていることを自分に許せるからです。 いつも暇さえあればなにか考えようとする悪い癖を 高熱が直してくれるのです。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more